文房具への思い

手帳や万年筆のことを考えるのが癖になっていて、なんだか道具のことばかりじゃなくて内容について考えた方がいいのに…と思いました。好きな気持ちをインターネットに出したら冷めるかも…と思って描いてみました。

衣替えするかぁと思っていたら、季節が先手を打ってきて、急激に寒くなって鼻炎になりました。そもそも気合いを入れて衣替えするほど服を持っていなかったので、パジャマを起毛しているものに変えるだけでOKでした。

耳栓とアイマスクをして寝ると、普通に寝るより数段よく眠れるのですが、耳栓を抜いた後にとんでもなく耳の中が痒くなるので、毎朝のルーチンに耳かきが加わりました。

住めば都の逆

家にある不要品を処分するためにハードオフに行ったのですが、売値は思い出したくもないぐらい安く、ゴミ出しやフリマ出品の手間が省けただけマシだと自分に言い聞かせました。

私の実家近くのハードオフだったので、終わった後に駅周辺で少しお茶をしたのですが、中学時代(暗黒期)の知り合いと居合わせてしまったらどうしよう…などと考えてしまい、ずっとそわそわ落ち着かず、もうこの地からは離れたい…と強く思いました。

東京の中でも多分けっこうダサくてカーストの低い土地なのですが、行く人行く人がみんな所帯じみて見えて、自分も安い服を着ているのが急に恥ずかしくなってきました。お気に入りの持ち物さえ「ダサい民が頑張って持っちゃってる」ように思えて悲しくなりました。

多分、そんな「私は違う」という意識をそこに住んでる全員が持っていて、だからこそマウント気質でメンタリティが田舎な人が多かったのかな…などと思ったりしました。

私も開放的で晴れやかな地で生まれ育ったらもっと自己肯定感の高い人間になれたのかな…?などと考えては、環境のせいにしても仕方ないと打ち消すのですが、先日鎌倉に行った時に地元民の開放的な夏の楽しみっぷりを見て心底羨ましくなりました。
私の地元でへそ出しなんてしてたら、ヒソヒソされたりプッと笑われそうだし、自分自身恥ずかしくなってしまむらでおなかの隠れる服を買うでしょう…。

せめて自分の子供世代には、自虐と抑圧の歴史を繰り返させたくないと思うのです。。

2021年の手帳が決まった

最近ずっと来年の手帳のことで頭がいっぱいで、何も手につかなかったのですが、ようやくどの手帳にするか決まりました。
「手帳会議」と呼ばれる脳内会議を6回ぐらいした結果、システム手帳2冊と5年日記を使うことに決めました。(楽天スーパーセールに背中を押され…)

今年はジブン手帳というバーチカル型の手帳にすごく満足していたのですが、綴じ手帳だとどうしても使わないページがあったり、逆に突っ込んで書きたい時に足りなかったりしたので、一番懐の深そうなシステム手帳に手を出すことにしました。

システム手帳だと好きな紙に穴を開けて自由に使うことができるので、オークションで巨大な裁断機を落札したり、角を丸める機械や6穴パンチを購入したりと、着々と準備を進めています。
死蔵してたちょっといい紙のノートを裁断してパンチしてみたり、安くて万年筆と相性のいい紙を探したり、楽しくてたまりません。

手帳がほしくなると万年筆も自動的にほしくなるもので、台湾製の「ツイスビー」という万年筆を一本買ったのですが、すっごく書き心地がよくて毎日意味もなく文章を書いています。
万年筆本体に直接インクを吸入できるのですが、インクがぐんぐん入って楽しいです。

5年日記は2021年から2025年まで記録できるのですが、書き終わった時は34歳かぁ…と考えると未来は長いと思います。
5年も書けるってなんだかお得な気がするし、見返す楽しみが増えそうです。

 

↑手帳のことを考えすぎて苦しくなった時に書いたメモ

 

もうすぐ手帳のシーズンだ

もうすぐ手帳のシーズンなので、来年はなんの手帳にしようか…と毎日ワクワクしています。
自由度の高いシステム手帳に挑戦したいのですが、綴じ手帳の方が後から見返しやすいかな…?と思うと決心がつきません。
使い終わってくたびれた手帳が年代順に本棚に並べてあるのを見ると、頑張って生きてきた感があって愉快なのです。

私の手帳の使い方は、未来の計画よりも現在〜過去の記録に重きを置いているので、あとから見返すのにはとても役立つけれど、あまり日々の生産性を上げている感じがしないのが少し悩みです。
いろいろ計画を立ててはみるものの、いざ実行する段になると「過去の自分になんで命令されなきゃいけないんだ」と、いらぬ反骨精神が湧き上がってきてしまうのです。

高校〜大学の時はクロッキー帳をいつも持ち歩いていて、すごいペースで絵で埋めていたのですが、最近は制作や仕事以外では絵を描かなくなってしまいました。
絵の代わりに考えを文字で書き連ねているのですが、後から見返すとしょうもないことばかり考えていて、パルプの無駄だ…と思ってしまいます。
無駄なことを考える代わりに絵を描けてた自分が偉かったなと思います。

あの頃みたいに好き好んで大量に絵を描く習慣を取り戻すため、クロッキー帳に穴を開けてシステム手帳に挟んだらよいのではないか?という妄想に取り憑かれています。

とにかく全てを一冊にまとめたい気持ちが強いので、使っている手帳と同じA5サイズの紙製品しか使えない体になってしまいました。
昔はチラシの裏だったり、正方形のクロッキー帳だったりとこだわりなく使っていたので、それに比べたら少し不自由だなとも思うのですが、一冊にまとまっているとなぜか楽しいのです。

この頃ずっと日差しが強いので、革のカバーのエイジングを進めるべく、日々いそいそとベランダで手帳を干しています。
夕方に取り込むと、表面がやや温かくなっており、色も若干深くなっている気がして愛おしい気持ちになります。